新シーズンのオリーブオイルとザアタルが入荷しました!

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

パレスチナ・オリーブについて

 パレスチナ・オリーブは、1998年からパレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)の生産者団体「ガリラヤのシンディアナ」からオリーブオイルなどの食品を、2000年からヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区/イスラエル被占領地)の「ナーブルス石けん工場」からオリーブ石けんを、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区/イスラエル被占領地)イドナ村の「イドナ村女性組合」からの刺繍製品をフェアトレードで輸入、全国で販売しています。

 また、製品の背景や生産者の暮らしを伝えること、顔の見える関係で販売することを大事にしています。生産者を継続的に訪問・交流しながら、通信『ぜいとぅーん』を発行し、料理&お話会を開いて生産者の状況をお伝えしています。

活動の経緯

 私たちは、1997年に、隔月誌「チャレンジ」の 記事を翻訳・掲載したミニコミ誌で、「ガリラヤのシンディアナ」を知りました。そして、品質の良いオリーブオイルに魅了されたと同時に、「平等に共存できる社会の実現を目指す」という考え方・立場に共感しました。そこで、1998年からオリーブオイルの輸入・販売を始めました。

パレスチナ・オリーブは仙台を中心にして、代表・皆川とスタッフ、5人ほどの仲間で活動してきました。そのほか、「パレスチナと仙台を結ぶ会」や各地で手伝ってくれる仲間、ご購入者、イベントなどで紹介・販売してくれる人たちのおかげで徐々に輪が広がりました。

 しかし、2011年3月、宮城県仙台市は地震・津波・原発事故のトリプルで被災しました。2013年4月から、山梨県甲府に拠点を移しております。震災を経て、フェアトレードについても改めていろいろ考えさせられました。

パレスチナとの出会い

 私(皆川)は、大学生の時、1993年のパレスチナ暫定自治合意(オスロ合意)に疑問を持ったことをきっかけに、パレスチナにかかわる勉強会や市民活動などに参加するようになりました。そして、1995年にNGOのスタディ・ツアーに参加したことで、パレスチナに対する関心の持ち方が大きく変わりました。それまでは、本を読んだりニュースを見たりするなかで、政治的な場所としか捉えられていませんでした。しかし(いま思えば当然のことですが)、パレスチナにも、学校に行ったり買い物に行ってご飯作って洗濯をして、、というの日常の生活がありました。そして占領はそういう日々の暮らしに影響するものでした。私は、それまでパレスチナの人々の暮らしを具体的に全く想像できていなかったのです。

 その後、大学院で中東の地域研究を専攻しているときに、7ヶ月だけですがパレスチナ(ヨルダン川西岸地区)で女子学生たちと一緒に住んで勉強し、そのかん生産者団体も訪問しました。当初、市民活動の延長でオリーブオイルの輸入を始めましたが、すぐに中途半端ではできないことに気がつき、このフェアトレードを仕事としてやっていこうと思いました。

パレスチナとフェアトレード

 パレスチナの経済は、イスラエルによる占領とグローバリゼーションの二重苦に置かれています。そして、「オスロ合意(暫定自治合意)」から20年たちましたが、イスラエル内のパレスチナ人も、ガザ・ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人も、パレスチナ難民も、いま、政治的にも経済的にも行き詰っています。悪化していると言ってもいいと思います。→詳しい現状は、こちらの記事(ふぇみん2016年7月25日号に寄稿「パレスチナの人々を訪ねて」)をご覧ください。

 私たちと同じような日常生活がある一方で、「死んだように生きているより戦って死んだほうがマシ」「壁の中で自由もなく毎日食べて寝るだけの生活では家畜と同じだ」と思ってしまう面もあります。

 しかし、そういう中でも、よりいいモノを作ろうと日々頑張っている生産者さんたちは元気です。売れるということは、商品の良さを評価されたということ、買った人とのつながりができる、ということ。そして、特に女性たちにとって、家の外で自分で稼ぐ、ということは、大きな自信になる。パレスチナ・オリーブを始めて15年以上、毎年訪問する中で、強く感じていることです。

 そして、生産者団体の人たちが継続して活動していくには、私たち自身が、継続的に販売を続けていかなければならない、その責任も感じます。逆に言えば、オリーブ商品を気に入ってずっと使い続けてくださっている皆さんのおかげで、生産者団体の活動が続いています。注文こそが、生産者の皆さんの元気の源です!

震災(後)と支援・ものづくり

 東日本大震災・原発事故前、自分が「支援される側」になることがあるということを考えたこともありませんでした。それに気付かされました。

 必要な時に、必要な場所に、必要なもの・ことを届けることが、いかに難しいか、つくづく感じました。例えば、交通の便のいいところに支援が集中する。それは、東日本大震災で聞いたことであり、国際支援の場でも聞いたことがあることでした。

 そして、短期・長期の活動のどちらにおいても、支援される側・する側のコミュニケーションの難しさ。自分たちのニーズとは違っても、支援を受ける側からなかなか「違う」とは声を出しにくい。支援する側は「ニーズをはっきり言ってくれないとわからない」と言う。そもそも、何が必要なのか、自分たちでさえわからない。

 緊急の時期が過ぎれば、必要なことは仕事。いままでの仕事を失いそれらが復活するまで、まずたくさんの手仕事のグループができました。震災直後は「支援グッズ」というだけで売れるかもしれない。でも、やっぱり商品の良さで売れるものを作らなければダメだと思う。「手仕事」には何を求めている? 「手を動かすことで気持ちが落ち着く」「みんなで一緒に顔を合わせる居場所」「少しでもお金が入ってくること」、、どこに重点があるかはグループによって違ったけれど、仕事の大事さを改めて感じさせられました。

誰もが尊重される社会を

 パレスチナの人たちが「平和を望む」と言うとき、「公正な平和」「本当の平和」という言い方をすることがあります。たとえ空爆がなくても、毎日土地が奪われ、検問所と分離壁で人とモノの移動がコントロールされ、人々が不平等な状態に置かれていれば、それは平和ではありません。占領の継続です。

 日本も、世界も、ますます先行きの見えない不安な社会になっていると感じます。誰もが尊厳を持って平等に生きられる社会、誰でもゆっくりおいしくご飯が食べられる社会を皆さんと共に目指していきたいと思っています。

 

2017年2月1日 パレスチナ・オリーブ 皆川万葉

 

合同会社 パレスチナ・オリーブ  甲府事務所
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Tel.&Fax.055-288-1868
(土・日、祝日定休)
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投稿日:2017年01月18日(水)
この記事のURL:http://paleoli.org/?eid=13