オリーブオイル石けん サラダ オリーブオイル工場オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

第9号(2003年3月25日発行)
  1. 「ガリラヤのシンディアナ」ニュース
    『Challenge No.76(2002年11-12月号)』


    シンディアナと連携団体のお知らせです。

    「ぜいとぅーん」で紹介してきた、兵役を迎えた18歳のイスラエルの若者たちの「良心的兵役拒否者支援フォーラム」が「アメリカのイラク攻撃に反対しよう!」と声明を発表しました。


     イスラエルの若者である私たちは、イスラエルによるパレスチナ占領に反対し、占領軍での軍務につくことを拒否します。そして、ブッシュ政権によるイラク攻撃への絶対的反対を呼びかけます。偽りの口実による戦争が始まろうとしています。アメリカにとってもイスラエルにとっても、イラクは脅威ではありません。

     この戦争は、中東地域に暮らす何百万人もの人々にこのうえもない災厄をもたらします。この戦争の背後にあるものは、石油資本の利益だけでなく、アメリカの誇大妄想的な野心です。(中略)  私たちは、第三世界、中東、ヨーロッパ、アメリカにいる数百万人の若者たちと同じ意見を持っています。私たちは、若者の未来と人類全体の未来を危険にさらす事態から、顔をそむけない決意を固めました。

     シャロン/ペレス連立政権はイスラエル国内のメディアと足並みをそろえて、ブッシュのイラク攻撃を支持しています。彼らは、フセイン政権を打倒して新しい傀儡政権を作ろうとしています。その新政権は、パレスチナ自治政府よりもさらに操縦しやすいものになるはずです。ひどい話ですがイスラエル政府は、パレスチナ人民の自治権を認めていません。占領政策を終了させるつもりもありません。したがって彼らは、この上もなく危険で無謀な手段に訴えるよりないのです。このような手段は、問題を解決するどころかさらに難しくしてしまいます。

     私たちはイスラエルの若者と世界中の人々にうったえます。アメリカの戦争に反対しましょう。イスラエルによるパレスチナ人抑圧に反対しましょう。

    西尾ゆう子さん翻訳

    兵役拒否支援フォーラム
    http://www.matzpoon.org

  2. お料理コーナー

    静岡県清水市のフェアトレード・ショップ Panariさんからの紹介です。

    • 黒豆は戻したものをやわらかめにゆでます(圧力鍋で沸騰後12分)。
    • 水を切り、温かいうちに塩で味付けしたあと、オリーブオイルをまわしかけます。
    • しばらく置いて、食べる直前にワインビネガーを少し入れて味を引き締めます。そしてパセリのみじん切りをぱらぱら。

    *ワイルドなオイルの香りと豆がよくあいます。白髪ねぎかたまねぎのみじん切りをさらしたものなどを加えるとなおよい。入れたほうがいいのはパセリで、彩りの良い仕上がりになります。

  3. 現地報告:早尾貴紀

    シンディアナ&オリーブ

     パレスチナ・オリーブで扱っているオイルは、デイル・ハンナという村から来ています。でも、「ガリラヤのシンディアナ」では、そこ以外にも、北部のパレスチナ人の村のいくつかから仕入れています。そのうちの二つの村が、いわゆる「グリーンライン」(1949,37年の中東戦争休戦ライン)のパレスチナ側にあります。地図をご参照ください。

     トゥルカレムの北側に、バーカ・シャルキーヤ村とカッフィーン村があります。昨年日本に来た「ガリラヤのシンディアナ」のハダスさんは、農家一軒一軒の味見と品質検査をひじょうにしっかりとしています。彼女も、デイル・ハンナのフセインさんのオイルが最高だと言っていますが、この二つの村のオイルにも高い評価をしていました。

     ところが、このグリーンラインからややパレスチナ側にずれたところに、イスラエルは分断壁・フェンスをつくっています。カルキリヤとトゥルカレムの周辺地域ではすでに完成し、さらにいま北側に壁を延ばしているところです。問題はいろいろあるのですが、深刻な問題は、この壁はいくつかのユダヤ人入植地をイスラエル側に組み入れるために、パレスチナ側の内部に食い込んで建設され、パレスチナ人の土地が壁の両側に分断されてしまっていることです。この壁は、「パレスチナ人がイスラエルに入ることを阻止する防衛壁だ」と言われていますが、実のところは境界線を変更し土地を大規模に収奪するためのものであることは多くの人が指摘するところです。

     パレスチナの被害は甚大です。壁建設のために、数千本ものオリーブの樹が切り倒されました。また、バーカ・シャルキーヤ村は、グリーンラインの東側にありながら壁の西側に置かれます。しかし、オリーブ畑が壁の向こう側(東側)に切り離されてしまい、自分の畑に行くことが困難になっています。もちろん、グリーンラインと壁のあいだに置かれているパレスチナ人らは、事実上パレスチナ側から切り離されながらも、もちろんイスラエルからも排除されたままで、まったくの無権利状態にさらされています。

     カッフィーン村は、そのすぐ西側に壁を建設されました。そこからオリーブを運び出すことがひじょうに難しくなっています。従来、こうした村にとっては、イスラエルが彼らの収穫の主要な出荷先でした。まだ建設途中だった今シーズンは、検問やバリケードを避けて山道を抜けて出荷できましたが、この壁が完成した来シーズンはどうなってしまうのか、地元の人々は不安の中で生活しています。

     ちなみに、オリーブは収穫後その日のうちに摘み取った実をプレス工場に運び込まなければ酸化が進んでしまい、エクストラ・バージン・オイルになりません。プレス工場はいくつかの村に一つしかないものなので、場所によっては畑とプレス工場のあいだに壁を入れられてしまう。今回は、素早くオリーブを運ぶために、「ガリラヤのシンディアナ」は抜け道から運び込む人を余分に雇うことになりました。

     壁は、親戚どうし、農家と畑、畑と工場を次々と分断してしまっています。

    ナーブルス&石けん工場続報

     表紙の傘をさしている女の子らの写真は、ナーブルス旧市街(古い階段とアーチの組み合わせが美しく、街全体が遺跡のよう-築数百年の石作りの家に今も人々が住んでいます)で撮りました。女の子らが立っている場所は、イスラエル軍がつくった道路封鎖のための土盛りバリケードの上。学校の行き帰りに自分らの身長以上もある山を乗り越えていきます。この場所はナーブルス旧市街の出入り口のひとつにあたり、イスラエル軍が人や物の通行を妨害するためにバリケードをつくったのです。

     このバリケードがつくられた道路の目の前の家に、食事に招かれました。数日前、そのバリケードがつくられた日にイスラエル兵10数名に踏み込まれて、家の中でマシンガンを乱射されたうえに、壁の一部を爆破されたそうです。とりあえずベニア板で穴をふさいでいましたが、壁にあいた銃跡は寝たきりのおじいさんのベッドの上方にまでありました。その部屋で、家族のみんなと食事をしましたが、道路をはさんで向かいの叔父の家が一年前に完全に破壊されてしまったために、二家族がその家に住んでおり、小さな子からおじいさん・おばあさんまで、20人ほどがそこに集まりました。

     ナーブルスの旧市街と言えば、オリーブ石けん工場が有名ですが、パレスチナ・オリーブ石けんをつくっている工場ももともと旧市街にありました。しかし、先代の工場主のときに規模拡張のため旧市街から少しはずれたところに工場を移設しました。さらにいまの工場主は、ナブルス近郊にもっと大きな工場をつくりましたが、それが完成したのが2000年の秋のこと。直後に第二次インティファーダとそれに対するイスラエルの弾圧・封鎖が始まり、なんと一度も最新の工場を操業させることができないでいるのです。

     そういう事情もあって、僕が滞在していた2月に、またナーブルスの石けん工場を訪問したところ、工場の隣の空き倉庫を借りて、工場の拡大をはかっていました(といっても、兄弟らと6人ほどで働く小さな工場です)。壁一枚はさんで隣なので、壁の一部をぶち抜いて、作業スペースを広くしようとしていました。もちろん、外出禁止令はまだ断続的に出されているし、製品の出荷は検問所で完全に禁止されています。そういう状況下でも、仕事はけっしてあきらめないし(週に3日程度は様子を見て工場を動かしています)、抜け道の山越えで出荷も試みています。今度のオリーブ石けんもそうして届いたものです。

     さらに、工場主からは、「いま新しいことを始めようとしているんだ」と言われました。広くしたスペースで、別の伝統的な製造工程を取り入れた、新しい製造ラインを導入したいと言うのです。残念ながら、2月は外出禁止令がまた厳しくなり、資材や機材の搬入ができず、その作業は予想以上に遅れてしまい、それを見てくることはできませんでした。でも、その仕事への情熱には、ほんとうに頭が下がる思いです。そういう点では、表紙の写真の女の子たちを見ても、雨の中ぬかるむ土盛りバリケードを乗り越えて学校へ通う姿は、とても印象的でした。

     

    パレスチナでは冬の終わりから春にかけて、野生のシクラメンやアネモネ、ポピーなどじゅうたんのように花が咲きます。アーモンドの花は遠目には桜のようです。

  4. パレスチナ・オリーブの仲間たち
    パレスチナ・オリーブとの出会いから再出発

    森石 香織

     私が関西方面で「パレスチナ・オリーブ」の販売手伝いを引き受けるにいたったきっかけは、遡って大阪での講演企画に関わったことだった。パレスチナ/イスラエルからサーミアさん・ハダスさんという2人の女性を去年3月に日本で招いて(報告は『パレスチナ/イスラエルの女たちは語る』つげ書房新社に詳しいです)、各地何カ所かをまわり、大阪が最終講演の地だった。

     当時、大阪講演を中心的に企画していた人が、それまで関西方面のオリーブ商品のイベント販売やお店の紹介をしていた。しかし講演が終わってから、彼女はイギリス留学をすることになっていたために、私が関西での販売を担当することになったのだった。

     それまでも、「パレスチナ・オリーブ」というフェア・トレード商品(以下、「オリーブ商品」)についてはパレスチナ関係の集まり等でちょこちょこ聞いていた。が、お金のやりとりとか責任を持つことの苦手な私は、自分が関西で売るなどという大それたことを考えてなかった。おまけに「活動する」ことにすこし疲れて休憩中。

     大阪企画から加わった私は、久しぶりにサーミアさん・ハダスさんとの出会いで元気をもらった。パレスチナ/イスラエルにもこんなに成熟した取り組みが息づいていて、魅力的な人がいる。この仕事を引き受けようと思ったのも、彼女たちとこの企画を準備した人たちの情熱に感染したからだ。出会いほど人を力づけてくれるものを私は知らない。いつも疲れてくると、私は新しい出会いに救われ、ひき込まれてここまできたような気がする。

     去年の8月末にパレスチナ/イスラエルに行ったときには、サーミアさん、ハダスさんに会う時間がなかったのは残念だったが、講演企画の収益を、わずかばかりのカンパとして早尾さんに託せたときはうれしかった。具体的な返礼ができたから。「オリーブ商品」のよさもここにある。目に見えること。具体的であること。そして人と人とのつながりを感じられること。

     パレスチナに行った報告・感想は紙面の都合上、割愛させてもらいますが、関西で何度か報告会をするときに、私は「オリーブ商品」の説明文を資料にはさんで、販売もいっしょにさせてもらっている。売り上げはまずまずってとこやけど、報告に何らかの思いをよせて記念に買って帰ってくれる人が多いみたい。こういうとき、買ってくれた人の中のパレスチナが「オリーブ商品」というモノによって形を与えられた気がしてうれしい。状況とか情勢から見たら、パレスチナもイラクも(とうとうアメリカによる攻撃が始まったけど)、不条理で無正義で悲惨。ある程度の距離を持って接しないと、息切れしてしまうぐらいつらい場所だ。それでも、できれば私は破壊跡だけでないパレスチナが見たいし、やられてもあきらめないイラクの人々の姿にほっとする。というと、勝手やろうか。

     「オリーブ商品」との出会いは、これからもパレスチナと息長くつきあっていける、ひとつのあり方を提示してもらったと思う。支援のあり方は多様にあった方がいいし、間口も広い方がいい。何があってもつながるパレスチナ、より「ついつい手が出るパレスチナオリーブ」でいこう。それか「へこたれないオリーブ商品」なんて、どないでっか?

  5. 本の紹介

    『ぜいとぅーん』9号(2003年3月25日)より

    デイヴィッド・バーサミアン=インタヴュー
    『帝国との対決 イクバール・アフマド発言集』太田出版

     いま、世界を理解するのに最良の一冊。題名も装丁もかたいですが、内容はとても明快で読みやすい。あたたかく人びとに語りかける言葉です。アフマドはインドに生まれ1947年にパキスタンに移住、57年にアメリカへ渡りました。離散パレスチナ人でありアメリカに住むエドワード・サイードの友人ということもあってパレスチナにもかかわりがあり、「帝国」に対峙しかつ第3世界ナショナリズムにも批判の目を向けた立場から発言をしています。でも、きつい感じがなく、温かい人柄が伝わる文章なのです。

     アメリカを理解するなら、マイケル・ムーア『アホでマヌケなアメリカ白人』(柏書房)がおもしろい。これは、題名と装丁がくだけていますが、内容はしっかりしています。アメリカの分析・批判だけでなく、オルタナティヴな政策や行動が提起されています。彼は先日、アカデミー賞ドキュメンタリー部門賞を取りましたが、「イカサマの理由によって戦争が始まった。イカサマの情報が流れている」「我々はこの戦争に反対だ。ブッシュよ、恥を知れ。お前の持ち時間は終わった」と受賞会場で発言し拍手とブーイングを受けたそうです。

  6. 編集後記

     とうとうイラクへの大規模爆撃が始まってしまいました。ニュースでは「軍事拠点のピンポイント爆撃」の映像が流れていますが、パレスチナを見ていればそんなものは嘘であることはよくわかります。日本を含む各国の援助で作られたパレスチナ自治政府の施設を攻撃しても、働いているのは市民ですし、通行人も近所の人・家も巻き込まれます。そして、「関連施設」と称して工場や学校も爆撃されています。戦争とは、爆撃だけではなく、「生活」「人生」そのものの破壊です。仙台では1月に「パレスチナと仙台を結ぶ会」の主催で、イラク訪問されたばかりの田浪亜央江さんを招き「イラクへの戦争に反対しパレスチナの平和を求める集会」を持ちました。劣化ウラン弾の影響など湾岸戦争のツメ跡に衝撃を受けた人も多かったようです。

     シンディアナのスタッフとメールをやり取りする中で、「必要なできるだけ大きな市民の力で、日本政府の戦争への態度を変えさせることを願うわ」と言われました。アメリカの戦争政策を支持する日本政府がとても恥ずかしかった。

     フェアトレードでは、生産者を貧困に追いやる大企業の画一的な商品ではなく、環境に考慮し、小規模生産者が大事に作っている、地域に特徴的な生産物を届けることが大切だと考えられています。つまり、買い物で社会的な公正を目指すという点でボイコットと表裏一体の関係にあります。いま、戦争を止めるために、ブッシュ政権を支える企業の製品をボイコットする運動が広がっています。おいしく食べて元気に!!

    オススメ:Peace Choice−平和のための選択 http://www.3chan.net/~peacechoice

投稿日:2003年03月25日(火)
この記事のURL:http://www.paleoli.org/?eid=203