日本オリーブオイルソムリエ協会主催の国際コンペで銀賞を獲りました!

オリーブオイル 石けん サラダ オリーブオイル工場 オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

第10号(2003年6月30日発行)
  1. お中元・ギフトセット
  2. スタッフよもやまばなし〜これで暑さを乗りきろう!〜

    ま:暑くなりましたね〜 何か夏にオススメのお料理とかありますか?

    ふ:やっぱり夏はビールでしょう! オリーブオイルでソーセージをつやつやに焼いて、ザータルをかけるとおいしいんだなあ、これが。

    み:おつまみなら枝豆が外せないわよ。料理本に書いてあって試してみたのは、塩ゆでしてさやから出した枝豆に、オリーブオイルと黒コショウをあえる方法。意外だけど、けっこういけるわよ。

    ま:私は暑がりだから、夏はマリネばっかり食べてる。ニンジンとタマネギにタコやサーモンを混ぜて。キノコやナスをオリーブオイルで焼いてからマリネ液につけて冷やしてもいい。マリネ液は、オリーブオイル、塩コショウ、ビネガー(酢)が基本だけど、ハーブを加えてもさっぱりするし、もちろん、ザータルを加えてもおもしろい。

    ハーブといえば、プランターにもこもこ生えているスウィートバジルをペーストにして、オリーブオイル、ニンニク、塩コショウを加えて、スパゲッティにかけて食べたらすっごく美味しくて幸せな気分になった〜。

    ふ:ガスパッチョの酸味も暑さを和らげてくれそうだね〜。健康にも良いし。トマト、ピーマン、キュウリ、ニンニク、レモン汁、塩、唐辛子、オリーブオイルをミキサーにかけて冷やした、夏のスペインの飲み物。

    ま:地中海料理といえば、トマトとオリーブオイルだものね。といっても、トマトがアメリカ大陸から地中海沿岸に伝わったのはここ500年くらいの話だけど、、新鮮トマトにオリーブオイルと塩をかけてそのまま食べたり。トマトや赤・黄色ピーマンなどにオリーブオイルを塗って塩ふって並べてオーブンで焼いても簡単でおいしい。トマトソースも自分で作ると簡単で美味しい。トマトのほか、タマネギとか野菜入れてオリーブオイルでとろとろ煮込むだけだもの。夏に作っておいて保存も出来るし。

    み:ふかしじゃがいもにバターを塗るだけじゃなくて、たまにオリーブオイルとザータルで食べるのもいいわよ。
    あと、いまは生かつおの美味しい時期でしょう。ちょっと変わったたたきが美味しいの。かつおの1/4身に塩コショウを振りかけてオリーブオイルひいてフライパンで、両面をさっと焼く。荒熱が取れたら10分くらい冷蔵庫で冷やして、それから刺し身に切る。レモンやザータルをたっぷりかけて、クレソンやルッコラと一緒に盛りつける。そして、味ポンや醤油で頂くの。

    ま:夏といえば、お肌の手入れも気になるよね。

    ふ:石けんはしっかり泡立てて、しっかり落とすのがポイントだよね。私は、市販のネットを使ってるんだけど、それが一番使い心地がいいみたい。編み目は粗すぎても細かすぎてもうまく泡立たない。

    み:とにかく、パレスチナ・オリーブ石けんは友人にも親戚にも喜んでもらっているの。私の友達なんて、パグ犬をオリーブ石けんで洗っているのよ。毛質がとても柔らかくなって抜け毛もほとんど無くなり、犬特有のくさい匂いもしなくなったんだって。

    〜皆さんも、お気に入りの使い方を教えて下さいね!〜

  3. 「ガリラヤのシンディアナ」ニュース

    シンディアナと連携団体のお知らせです

    *パレスチナ・オリーブ石けんは、ナーブルス(パレスチナ自治区)で作られた石けんを「ガリラヤのシンディアナ」で包装・出荷しています。

    前号の『ぜいとぅーん』で、3月末にどうにかまとめてナーブルスからガリラヤへ出荷する予定、と書いた石けんですが、予定から遅れて4月下旬に無事にガリラヤに運ぶことが出来ました。

    イラク攻撃の始まった3月下旬にナーブルスの石けん工場に電話をしました。ナーブルスの様子を聞いたついでに「無事に出荷できた?」と尋ねたら「いま作っている」と言われて、あれ?と思いました。よく聞いてみると、3月は外出禁止令が多く、なかなか工場に出かけられなかった、またオリーブオイルを工場に運ぶのも難しかった、とのことでした。

    そして、さらに数週間待ってタイミングを見て石けんが出荷されました。外出禁止令の時にはトラックを出せませんし、禁止令が出ていなくとも、パレスチナの製品を積んだトラックが検問所を通過することは難しく、道路が封鎖されているところも多いので、その度にルートを探さないといけないのです。

    石けんは、通常、製造後自然乾燥で数ヶ月置きますが、今回は、厳しい状況のなかで、十分な広さの場所を借りられないこと、出荷のタイミングを逃すといつ出せるかわからないことなどから、ガリラヤに運んでしまってから、「シンディアナ」で場所を作り乾燥させています。

    オリーブ石けんはナーブルスの工場と「ガリラヤのシンディアナ」の連携プレーで作られているのです。

    ナーブルスの石けん工場には6月末にも電話したのですが、電話事情が悪くあまり話すことが出来ませんでした。製造できたりできなかったり、出荷できたりできなかったりといういう状況は相変わらずのようです。一方で、娘が学校でいい成績で表彰されたんだ、なんという明るいニュースもあったようです。

     

    *「ガリラヤのシンディアナ」がIFAT(国際オルタナティブ・トレード組織連盟)へ加盟申請中で、ちょうどいま、ニューキャッスル(イギリス)での年次総会に出席しています。IFATは、途上国における社会・経済的弱者の労働環境と暮らしの改善と、現在の不公正な貿易の構造を変え公正な交易を実践することを目指す組織の連合体です。メンバーは50カ国、160団体以上で、日本では、ネパリ・バザーロ、グローバル・ヴィレッジ、ぐらするーつが加盟しています。
    IFAT (英語サイト)
    ネパリ・バザーロのサイトに規約の日本語訳など詳しい説明が掲載されています。

     

    *関連団体の「ビデオ'48」は、ユダヤ系イスラエル人の町カルミエールの拡大に伴う、ガリラヤ地方のパレスチナの村の土地没収を描いた「Not In My Garden(私の庭ではないところで)」を2000年10月に製作しましたが、この度ようやく、イスラエルのケーブルTVで放映され話題になったそうです。(英語版ビデオは50ドル--現地からの送料込み--、日本語版ビデオはパレスチナ・オリーブから4000円--送料別--で販売しています)

    「ビデオ'48」は、「A Job to Win(仕事を勝ち取る)」を製作しました。1992年以降、イスラエル政府がガザ地区・ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人労働者を締めだし、建設業者に外国人労働者を雇う許可を出しました。外国人労働者(主にルーマニア、ポーランド、中国)は増え続け、イスラエル国籍のパレスチナ人も職を失いました。この状況の人々と、イスラエル内のパレスチナ人労働者の雇用回復に取り組む関連団体のワーカーズ・アドバイス・センターWACの活動を描いた作品です。

    そして! 「ビデオ'48」の長編第3弾はガリラヤの農業問題と「ガリラヤのシンディアナ」を追います。これから撮影ですので、楽しみにお待ち下さい!!

  4. パレスチナの中のヘブライ語

    パレスチナ・オリーブのオリーブオイルは、イスラエル領に入っているガリラヤ地方のパレスチナ人の村デイル・ハンナから来ています。(「ガリラヤのシンディアナ」は、前号にも書いたように、パレスチナ自治区西岸のカーフィーン村などからもオリーブ・オイルの買い入れをしています。)また、スタッフのパレスチナ人もイスラエル国籍を持っているし、ユダヤ系のイスラエル人スタッフとともに働いています。

    シンディアナの中で使われる言葉は、基本的にはパレスチナ人の母語であるアラビア語で、ユダヤ系のスタッフもアラビア語を勉強すべきだという信念に立って、みんなアラビア語が使えます。が、実際には、イスラエルで学校教育を受けたパレスチナ人たちは、完璧にヘブライ語を使いこなせますので、いっしょに仕事をするなかで、ヘブライ語を話すこともあります。あるいは、もう双方の言語がチャンポンに混じっているんですね。単語レベルで混じるとか、一文ごとに入れ替わるとか。

    でも、どうしてそういうことが可能かと言うと、そもそもの語源が共通であるため、文法構造や単語が相当共通している。歴史的にもそうだし、またヘブライ語の場合、古代ヘブライ語から現代ヘブライ語を作りだす際にも、多くの現代的な単語をアラビア語から取り入れているという事情もあります。

    先にも言ったように、パレスチナ人でもイスラエル国籍者はヘブライ語教育を受け、日常的な情報(新聞やテレビ)の多くはヘブライ語。どうしても、母語であるアラビア語から疎外されて、ヘブライ語に依存せざるをえない状況にあります。だからこそ、シンディアナの連携団体は教育活動を行なっていて、パレスチナ人が、語学の問題だけでなく自らの歴史と文化を学ぶことさえもが妨げられていることを問題として取り組んでいます。パレスチナ人の母親学級やユース・キャンプなどがそうです。

    ヘブライ語がどのような言葉か。実は、昨年まで輸入していた630ccの大瓶が、ヘブライ語のラベルでした。そのことでお客様からお問い合わせをいただいたことがります。

    シンディアナでは、イスラエル国内の市場向けにも出荷しているので、ヘブライ語のラベルを作っていたのです。コストの問題もあって海外向けも、そのラベルをしばらく兼用していました。もちろんいまは大瓶(500cc)にもきちんとアラビア語ラベルを使っています。

    シンディアナに限らず、イスラエルとパレスチナ自治区は経済関係が深いために、そしてイスラエル国内でも20パーセントの人口がパレスチナ人であるために、「ヘブライ語表記=イスラエル産」、「アラビア語表記=パレスチナ産」というふうには決して分けられません。イスラエル国内でもアラビア語表記の商品も製造していますし、パレスチナ自治区(西岸・ガザ)でもヘブライ語表記の商品を製造しているのです。

    もちろんそれは、「お互いの市場に売るため」ということではあるのですが、でも決してそれは対等な経済関係ばかりではありません。いわば「従属経済」のような仕組みの中で、パレスチナ側がイスラエル企業の下請けをしていたり、またパレスチナ人労働者がイスラエル国内のいわゆる「3K労働」に従事せざるをえないとか、最近はそこからさえも排除されつつあるという問題もあります。シンディアナや同じグループの労働組合(WAC)も、このような労働者の問題に積極的に取り組んでいます。

    本当は、パレスチナ人学生や労働者の中のヘブライ語の位置や、イスラエルの中の現代国家語としてのヘブライ語そのものにおいてさえも、さまざまな問題があるんです。が、その話は、また別の機会に。 (早尾貴紀)

  5. 土地の没収と離散・分断

    私たちのナーブルスの友人の弟さんがドバイ(アラブ首長国連邦)で働いています。パレスチナ自治区では、40年近くなる長い占領の中で地元産業が破壊された上に、道路封鎖、外出禁止令で人とモノの移動が困難な状況のなかで、失業率が50%を超えると言われています。その弟さんの結婚式がアンマン(ヨルダン)で行われたそうなのですが、姉妹とお母さんだけがナーブルスから結婚式に出席し、お兄さんと父親はナーブルスに戻れなくなる危険があるため行かなかったそうです。親族のつながりを大事にするパレスチナでは結婚式は一大行事なのに、息子、弟の結婚式に出席できないのは本当に悔しかっただろうと思いました。もちろん、これはほんの一例です。ほかにも、5年ほど前になりますが、ガザ地区出身のビルゼイト大学(ヨルダン川西岸地区)の先生が、西岸を出てガザに入る許可証が得られなかったために、お母さんの死に目に会えず、お葬式にも出席できなかった、ととても悲しそうにしていたのを思い出します。

    3月30日に沖縄で「沖縄・パレスチナ・イラクを結ぶ『土地の日』集会」に参加しました。この集会は、2002年6月にパレスチナを訪問された安里英子さんが実行委員の一人でした。歴史背景は違いますが、パレスチナと沖縄は暴力的に土地を奪われ故郷を追われたという共通点を持ちます。「土地の日」にパレスチナに思いをはせ、沖縄の戦後の土地問題を検証し、いま起こっている新基地建設に反対し、イラク攻撃に反対するという集会の趣旨でした。3泊4日の沖縄滞在でしたが、よい出会いがあり、また勉強になり、刺激になりました。

    安里さんは、パレスチナの難民キャンプを見たときに、戦後直後の沖縄を思い出されたそうです。そして、パレスチナを見ていく中で、「いのちをつないでいくためのものが壊されて」しまった沖縄の人々も「難民」なんだ、という根本の問題を改めて感じた、とおっしゃっていました。(参照:『けーし風』第39号)

    1948年のイスラエル建国宣言前後で約400のパレスチナの村が破壊され、80〜100万人のパレスチナ人が、近隣諸国やヨルダン川西岸地区、ガザ地区などに逃れました。このとき約16万人のパレスチナ人が(イスラエル領になった)土地に留まりました。ここで離散パレスチナ人、ヨルダン川西岸地区、ガザ地区のパレスチナ人、イスラエル内のパレスチナ人という分離が起こります。そして、1967年の第3次中東戦争以降は、ヨルダン川西岸地区、ガザ地区が占領され、エルサレムが分離されます(パレスチナ人がエルサレムに出入りするには許可証が必要となります)。その後も、入植地拡大という形でパレスチナ人の土地没収は続きます。

    1976年にイスラエル北部ガリラヤ地方のパレスチナ人の土地の大規模な没収をイスラエル政府が発表し、人々が3月30日に抗議のゼネラル・ストライキを決めました。ところが、前日にイスラエル軍・警察が村に突入、翌日抗議のデモンストレーションが広がりました。両日で、6人が殺され、数百人が負傷、数百人が逮捕されました。これが「土地の日」で、すべてのパレスチナ人アイデンティティの統一を呼び覚ますものとなり、毎年追悼が行われています。

    いま、ヨルダン川西岸地区、ガザ地区では、検問所の増設・強化、道路の破壊、外出禁止令という形で分断が進んでいます。職を求めてパレスチナを離れざる得ない人たちもいます。そして、『ぜいとぅーん』で繰り返しお伝えしているように「壁」の建設が進み、新たな土地没収と分断とが行われています。

    着々と工事・計画の進む分離壁=「アパルトヘイト・ウォール」

    現在イスラエルは、「安全フェンス」と称して、パレスチナ自治区内に壁を建設しています。建前は、「テロリストの侵入を阻止する」ということになっていますが、ところがこのフェンスは本来のイスラエルとパレスチナ自治区との境界であるグリーンライン上ではなく、自治区の内部にあるユダヤ人入植地を最大限イスラエル側に取り込むように作られています。一部はすでに建設され、パレスチナ人の村が実質上、自治区から切り離されたり、あるいは畑を壁に奪われたり、村と畑の間に壁を入れられたりして、生活が根幹から破壊されつつあります。そしてさらに、この計画は次々と変更が加えられており、最終的なプランはまだ発表されておらず、地図も「予想図」でしかありません。

    このフェンスは、実際には入植地の恒久化=土地の収奪、パレスチナ人の村や街の分断と包囲を意図しているのです。この問題は、いまパレスチナの将来に関わる最大の障害であるにもかかわらず、「和平交渉」の背後に隠されてしまっています。

  6. 編集後記
  7. 近刊!!
    徐京植『秤にかけてはならない』影書房

    『ぜいとぅーん』7号で紹介した、パレスチナ・オリーブ、パラムせんだいと徐京植さんとの対話集会の記録「パレスチナと朝鮮」、パラム仙台との対話集会の記録「断絶を見据えて」のほか、「秤にかけてはならない」(『現代思想臨時増刊(日朝関係)』掲載論文)、もうひとつ講演録が入って、本になりました。

    映画

    エリア・スレイマン監督『D.I.』
    2002年カンヌ映画祭審査員賞、国際比評価賞受賞 配給:フランス映画社 

    先日東京へ行った際に渋谷ユーロスペースで(7月11日まで上映)『D.I.』を観ました。監督はイスラエル国籍のパレスチナ人。イスラエル内のパレスチナ人の町ナザレ、イスラエル占領下の東エルサレム、パレスチナ自治区のラーマッラーの日常がパロディを交えて描かれています。「笑いの爆弾が誕生!」などと宣伝されていますが、笑うというよりはとてもせつなくていい映画だと思いました。非日常が日常となっている現実のせつなさと、パロディが何かパレスチナ人の願望をストレートに描いているような(例えば、こんな風に検問所を突破できたらいいのになあ、というような)せつなさと。

    一方で、分かりにくい、独りよがりっぽい、という感想をくれた友人もいるので、人によって評価のわかれる映画かもしれません。皆さんはどうご覧になりましたか? よろしければ感想をお寄せ下さい。(皆川)

    パレスチナ・オリーブの早尾の友人であるパレスチナ人から、映画『D.I.』の感想をもらいました。彼は、イスラエル国内に住むパレスチナ人で、早尾とはエルサレムのヘブライ大学で知りあいました。ちなみに『ジェニーン・ジェニーン』は、イスラエル国籍のパレスチナ人俳優・監督であるムハンマド・バクリーの作品で、2002年3月にイスラエル軍がヨルダン川西岸地区の都市ジェニーンで行なった虐殺の証言を集めた貴重な映画です。


    例の映画『D.I.』だけれど、僕は観て、なかなかスゴイと思った。真にアイロニックで、それに商業映画からもかけ離れている。(ここじゃあ、オリーブ・オイル以外は商売にならないけどね。)

    監督のエリア・スレイマンが映画のことを尋ねられたときに、彼はこう答えた。「この映画は、ある人びとにとってはつまらないかもしれない。だけれども、あれは私的な映像で、自分と自分の感情について語っているのだから、つまらないと言われてもそんなことは気にしない。」と。

    僕が思うに、あの映画で彼が物事を表現するのに用いている手法はラディカルなものだ。人びとが悪態をつくところや、ニンジャ(忍者に扮した女性が闘うシーン)、プラムの種の爆弾、恋人とのプラトニックな愛撫のシーン(彼女はマジでホットだと思わないか?)、その他、その他。だけれども、僕の見方はこうだ。彼は、僕らが物を考えるための手掛かりを与えてくれている。真面目な、あるいはセンチメンタルなアラブ映画(例えば『ジェニーン・ジェニーン』を思い出してくれ)から僕らの身を引きはがしてくれるんだ。

    ともあれ、僕は『D.I.』が面白いと思った。もちろん、あれはクズだと言う人もいたよ。日本の批評家らはなんて言ってる?

投稿日:2003年06月30日(月)
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