新シーズンのオリーブオイルが入荷しました!

オリーブオイル 石けん サラダ オリーブオイル工場 オリーブの林

背景がわかる良質な商品をお届けします。

パレスチナ・オリーブでは、素材の質や効能はもちろん、
誰が、どんな状況で、どういう方法で作ったものなのかといった製造背景をクリアにしています。
だから安心。だから美味しい。だから、自信を持ってオススメできる商品ばかりです。

生産者パートナーと協力し、ともに生きる
誰もが大切にされる社会を作っていきます。

パレスチナ・オリーブは、パレスチナ北部のガリラヤ地方(1948年からイスラエル領)のオリーブオイルなどの食品、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)ナーブルスのオリーブ石けん、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)イドナ村の刺繍製品を扱っています。

実際に食べて使って納得したものを輸入し、現地を訪問・交流しながら活動しています。

イベント

23号(2006年1月23日発行)
  1. パレスチナ訪問報告

    2005年11月半ば〜12月初めに皆川が生産者団体を訪問しました。

    ガザ「撤退」も終わり、イスラエル・パレスチナとも、どこかホッとした空気もあり、エルサレムには多少観光客が戻って旧市街は混雑していました。

    しかし、実際には分離壁の建設が進み、オリーブの伐採、イスラエル軍によるパレスチナ人の暗殺・逮捕等が続き、何も変わっていない状況です。

    分離壁の建設に加え、巨大検問所の建設も進んでいます。いままで、大小数百の検問所が点在していたのですが、ベツレヘム、カランディア、ザアタラ、フワーラに新たに大規模な検問所が作られています。これによって、西岸地区が大きく4つ(西岸地区北部/中部/南部/エルサレム)に分けられようとしています。

    私がベツレヘムからエルサレムに戻る時、できたばかりの巨大な検問所を通りました。小さな空港のような建物の中で、いくつもの回転ゲート、X線装置を通ります。奇妙なのはイスラエルの兵士・職員と直接対峙せず、監視カメラで写され、スピーカーで指示を受けることです。これが「近代的な」検問所というのです。

    西岸地区とイスラエルの行き来もますます妨げられています。1967年以降、イスラエル経済に従属させられてきたパレスチナ内部にはほとんど仕事がなく、「合法」「不法」に約20万人のパレスチナ人がイスラエルに出稼ぎに行っていました。しかし、この5年、イスラエル政府は合法に働くパレスチナ人労働者の数を数万人に制限し、代わりに外国人労働者を入れ始めました。さらに分離壁に妨げられパレスチナ人が「不法に」イスラエルに出稼ぎすることも難しくなりました。イスラエル政府は、2008年までにパレスチナ人労働者をゼロにすると言っています。


    「ガリラヤのシンディアナ」訪問

    2005年夏に移転したコフル・カナ村にある「ガリラヤのシンディアナ」の新倉庫を訪問しました。今までより広くなり、作業部屋を分けることができました。

    シンディアナは、1997年に設立して以来、国内市場と海外市場で販売していましたが、2000年以降イスラエル市場の需要が落ち込み、IFAT(国際フェアトレード連盟)に加盟するなど海外への売り込みを始め、現在は90%をフェアトレードで販売しています。

    製品の包装・出荷には、サーミヤさんを中心に5人の女性たちが働いています。

    シンディアナで働く女性インタヴュー

    1. 居住地
    2. 年齢/家族構成/生活
    3. これまでの経緯
    4. 夢、希望

    サーミヤ・ナアムナさん

    1. アラーベ村(ガリラヤ)
    2. 37歳。兄弟姉妹12人。母と妹と住み、家計を支える。
    3. 18歳で高校卒業。公立の秘書セミナーに1年。保育セミナーに半年通ったが仕事はなかった。これまで、農場、縫製工場等で働いてきた。シンディアナで2年半働いている。毎日8:30~16:30まで働く。金曜お休み。
    4. イスラエルでもパレスチナでも、平和が欲しい。抑圧のない社会を。個人的には、結婚して子どもが欲しい。

    ハナーン・ラーシッドさん

    1. ナザレ
    2. 32歳。5〜11歳の子どもが3人。朝か夕方に家事をする。
    3. 18歳で高校卒業。19歳で結婚。これまでナザレで店員をしていた。シンディアナで働いて2ヶ月目。月に10~15日働く。
    4. 家族がいるし特に望みはないが、子どもを大学に行かせたい。夫は電話の移動販売の仕事をしているが、朝から夜中まで働いているので、家事・育児はできない。シンディアナの仕事で家計が助かる。

    収穫デー・イベント

    11月初め、シンディアナと関連団体のマアン(イスラエル内のパレスチナ人労働者のための団体=WAC)の合同イベントで、コフル・カラア村のオリーブ林にスタッフの他、一般参加者としてイスラエル内のパレスチナ人とユダヤ人の若者50人が集まり収穫しました。シンディアナの契約農家の一つ、アーラ村のムギーラ・ユーニスさんがイスラエル内のパレスチナ人の農業の状況や質の良いオリーブオイルの生産について説明しました。

    オリーブの収穫量

    オリーブは、1年ごとに表作 (収穫の多い年)と裏作(少ない年)を繰り返します。収穫量が違うだけで品質は変わりません。

    世界全体のオリーブ収穫量の約40%がスペイン産(裏作で約100万トン、表作で約150万トン生産)です。2005年はスペインが表作、イタリアやパレスチナが裏作でした。ところが、そのスペインが干ばつの影響で大不作(60万トン)、世界的にオリーブオイルが不足、価格が高騰しています。

    2005年のパレスチナの収穫量は表作かつ豊作だった2004年の収穫量の4分の1でした。訪問時は、国際市場の価格につられて地元市場のオリーブオイルの価格も品質に関係なく例年の2倍に暴騰状態。

    シンディアナも「全てが食用に回り、石けん用のオリーブオイルが買えない。半分大豆油を混ぜたような偽オリーブオイルが出回るし、値上がりで消費者が他の植物油を買ってしまう」等、全体的な状況を懸念していました。しかし、その後状況は落ち着き、シンディアナの値上げも小幅で必要量を確保できました。パレスチナ・オリーブからの販売価格は据え置く予定です。

    ザータル

    シンディアナは、ジェニン栽培・生産女性共同組合のザータルを販売しています。ところが、ジェニン近郊、荷物専用のジャラーメ検問所(ターミナル)が8月半ばから11月半ばまで3ヶ月間閉鎖されていました。ガザからのイスラエル軍の「撤退」に伴い、イスラエル政府曰く「治安のため」の閉鎖です。華々しく「入植地撤退」を宣伝する傍ら、このような措置が多くとられていました。

    閉鎖が明けて早速ザータルを受け取りに行ったシンディアナに同行しました。ジャラーメ検問所には、登録された車と人だけが入れ、検問所の中で受け渡しが行なわれるので、私は車を降りて待ちました。パレスチナの製品をイスラエル側に出荷する際には、16.5%の税金がかかるようになりました。パレスチナ自治政府が徴収して、イスラエル政府に支払います。しかし、事前にその通告がなかったので必要書類が足りず、私たちは検問所で数時間待たされました。この検問所からジェニンの町まで車で10分足らずなのですが、近くて遠い距離です。

    活動の広がり

    シンディアナは、農家がオリーブ栽培を発展させること、生産意欲と収入を高めることとともに、女性たちの仕事作りを目的に活動してきました。これまで、オリーブオイルやザータルの瓶詰め作業、オリーブ石けんの包装を女性たちが仕事としてきました。しかし、仕事を必要とする女性たちは多く、シンディアナは女性の仕事作りを焦点に活動を広げ始めました。

    まず、マアンと共同でナザレとコフル・カラア村でかご作りセミナーを始めました。ナツメヤシやオリーブの枝で編むのが伝統的です。籐を編むより難しく技術が必要で、20人が研修を受けても販売できる技能に達するのは数人ですが、このセミナー自体が女性たちの刺激になっています。セミナーを受けた後、シンディアナで働き始めた女性もいます。

    11月末にシンディアナやマアンにかかわる女性たちのイベントに参加しました。70人以上の女性たちが集まって、スピーチリレー、『仕事が欲しい』のビデオ上映(『ぜいとぅーん』21号で紹介)、ワークショップを行ないました。

    そこで、マアンが労働条件を整えてユダヤ人の農場で働き始めたパレスチナ人女性たちとも話ができました。2ヶ月前から、ナザレ近郊からタイベリア近郊の農場へ、5人で車に乗り合わせて通っているそうです。7:00~16:00までの8時間労働。「マアンの活動はすっごくいいわよ」と言っていました。

    移動の困難

    イスラエル内のパレスチナ人の移動も、検問所がないとはいえ簡単ではありません。パレスチナ人の多い地域を行き来するバス・電車等の公共交通がなく、何度も乗り継いだりして遠回りせざる得ません。シンディアナ、マアン等で働くパレスチナ人、ユダヤ人スタッフとも自家用車を持っていないので、ナザレやコフル・カラアの事務所でスタッフを拾いながら車にみなで乗り合わせて行き帰りするのでなかなか大変です。


    石けん工場訪問

    軍事封鎖地域となって5年間使うことができなかった、ナーブルス近郊のベイト・フリーク村の新工場を訪問しました。

    工場は、オリーブ林の一画の静かな場所にあり「今までは狭くてごちゃっとしていたけれど、今度はきちんと区画に分けて仕事ができるようになった」と嬉しそうに案内してくれました。以前はイスラエルに出稼ぎに行っていた人も新しく加わっていました。仕事量が多いときは6人で働いていますが、販売が難しい状況には変化がなく、毎日は操業できません。

    また、ナーブルスからベイト・フリーク村の工場に通うには、毎回検問所を通らなければならず、今までより大変になりました。5分で通れることもありますが、数時間かかることもあります。ナーブルスに用事があっても、検問所で時間が取られるので、行ったり来たりはできません。

    ナーブルスからシンディアナのコフル・カナ村の倉庫まで、直線距離では75kmですが、石けんを届けるのに1日〜1週間かかります。事前に許可証を取っていても、ベイト・イーバとジャラーメの2つの検問所を通るのが大変なのです。

    石けん工場のマジュタバさんは「多品種少量で製造・販売するのが夢だ」と語っていました。地元の人が手軽に買える石けんから、シンディアナに出荷している様なこだわりの高品質なオリーブ石けんまで作りたいと考えているのです。(パレスチナの現状では以前のように一種類の石けんを大量に作って販売するのは難しい他、トルコ等から安いパーム石けんが輸入されていることなどが原因です。)

    次シーズンには、レモンを加えたオリーブ石けん等も届く予定ですのでお楽しみに!

    ナーブルスの町中は、一見モノや人があふれ少し元気になったように感じました。しかし、訪問した夜にナーブルスでイスラエル軍によるパレスチナ人活動家の暗殺があり、翌日は市場が抗議のストライキで閉まっていました。


    イドナ村女性組合訪問

    エルサレムから、ハデラ、ヘブロンとパレスチナの小型バス、乗り合いタクシーを乗り継いで刺繍製品を作っているイドナ村女性組合を訪問しました。イスラエルの車で真っ直ぐ行けば30分ですが、イドナ村に行くのに1時間半、帰るのに2時間かかりました。エルサレムから出るより、入るときの方がイスラエルのチェックが厳しいのです。

    一年前に訪問したときはメンバーは30人でしたが、今回は40人に増えていました。注文が増え、人数やセンターでの仕事時間を増やしました。刺繍は各家庭で空いた時間にしています。新商品の開発も積極的に行なっています。

    しかし、彼女たちが海外とつながる手段は電話とFAXだけ。注文を受けて出荷することはできますが、彼女自身で販路を広げることができないのが難点です。

    また、彼女たちが刺繍製品を出荷するには、乗り合いタクシーを乗り継いでベツレヘムまで行き、エルサレムに行ける人にエルサレムの郵便局からの出荷を頼むしかありません。彼女たち自身には、エルサレムに行く許可が下りないからです。実際、今回もエルサレムのバザーに行くために許可をイスラエル政府に申請しましたが、却下されました。

    イドナ村は、ヘブロンの南西17km、グリーンライン(1949年停戦ライン)近くにある人口約2万人の村です。主な収入源は男性のイスラエルへの出稼ぎでしたが、それが断たれています。

    一昨年から村が分離壁で分断され、約30�Iのオリーブ林が壁の向こう側になってしまいました。また、壁付近の土地には家の建設禁止命令が出され、既にある家にも取り壊し命令が出ています。壁のわきにある監視用道路を10分ごとにイスラエル軍のジープが巡回しています。

    イドナ村は西岸地区の中でも豊かではない村で、例えば病院がなく、週2回開くクリニックのみ。水道は地区ごとに週2日だけ使えるので井戸に貯めて使う。パンを焼くにもガスは高価なので、乾燥させた家畜の糞を使っています。

    イドナ村女性組合で働く女性インタヴュー

    質問内容は上記参照

    ナイームさん(代表)

    1. イドナ村
    2. 42歳。11〜22歳の子どもが7人。
    3. 6年間学校教育を受けた。当時はイドナ村には小学校しかなく、中学へ進学するにはヘブロンに行かなければならなかった。18歳で結婚。
    4. (学業を終えた2人以外の)子どもをみな大学に行かせること。いま一人が大学生。もう一人受かったが(お金がなくて)来年入学は無理。

    ヌハさん(製品責任者)

    1. イドナ村
    2. 30歳。7人兄弟姉妹の末っ子。父、母と兄たちの家庭の計31人が同じ敷地内に住む。母(75歳)がパンを作るが、料理や洗濯は自分がしている。
    3. 中学を中途退学(13歳まで)。19歳でヘブロンの刺繍学校へ。学校の勉強は苦手だったが、刺繍は得意だった。
    4. イドナ村女性組合をもっと大きくしたい。

    *パレスチナ・オリーブでは、テーブルミニクロス・しおり・ブックカバーなどのイドナ村の刺繍製品を販売しています。こちら


    選挙を前に

    11月初めイスラエル労働党の党首選挙があり、事前の予想と違ってイスラエルの貧困問題解決に焦点を当てたアミール・ペレツが選ばれました(ペレツについて)。東欧系ユダヤ人が支持基盤の労働党でモロッコ系ユダユ人のペレツが勝ったということも話題になりました。そして、私が訪問中の11月21日、イスラエルのシャロン首相が与党リクード党を離脱し、新党カディマを結成すると発表。新聞やTVでは3月に総選挙を行なうというニュースで持ち切りでした。シャロンは、「ガザ撤退」で和平推進派と誤解されがちですが、イスラエルとヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植地を一体化させる一方、パレスチナを分断、管理するという明確なプログラムを押し進めてきました。また、その「中道」路線に左派も乗っていました。

    一方、パレスチナでは、第2回の議会選挙が2006年1月25日に予定され各地区に党ごとの選挙ポスターが貼られていました(第1回は1996年)。

    93年のオスロ合意、95年の自治政府発足後、イスラエルの制限のもと、少しずつ「自治」が始まっていたパレスチナですが、2000年以降、イスラエル軍の侵攻・破壊・外出禁止等が激しくなり、経済はもちろん政治行政的にも逆戻りが続いていました。議会選挙も延期が繰り返されてきました。

    しかし、行政的には一部立て直しが始まっています。自由な独立国家の見通しが立たない中で自嘲的にですが、「それでもパレスチナ政府は国家らしくしようとしている」という声を何回か聞きました。

    95年以降、雇用確保の目的もあって町にパレスチナ警察があふれていましたが、イスラエルに警察権を制限され、ここ数年あまり姿を見かけませんでした。ところが今回は多くのパレスチナ人警察が「検問」しているのに出会いました。盗難車の取り締まりを強化していて、登録があるかどうかを確認しているのだそうです。

    パレスチナ労働省の外郭団体で働く友人は「いま、省庁の組織が改編中なの。出産後の復帰を約束してもらっているけれど、改編で解雇された知人もいるので少し不安」と言っていました。

    ラーマッラーで障がい者教育の充実を求めて、パレスチナ政府に向けて障がい者団体がデモ行進しているのも見かけました。

    しかし、形だけ「国家らしく」なっても、イスラエルによる管理は進んでいる状況です。

  2. お料理コーナー
  3. 本&映画コーナー

    新刊紹介

    『テロリズム(1冊でわかるシリーズ)』チャールズ・タウンゼンド(宮坂直史訳、岩波書店、2005年)

    新聞やテレビでも、パレスチナ/イスラエルのニュースでは、当たり前のように「テロ」や「テロリズム」という言葉が使われています。とくにアメリカ「9.11」以降は、アメリカと同盟国に歯向かうすべての動きに対して「テロ」のレッテルが貼られるようになったので、イスラエル政府もその便利なレッテルを利用して、これまで以上にパレスチナ批判を強めています。

    この本は、そのような状況に対して、どのような文脈で「テロ」という言葉が使われてきたのかを、単純な分類を避けて批判的かつ具体的に分析をします。アメリカの言う「対テロ戦争」のような使い方だけでなく、反対に「アメリカやイスラエルこそテロ国家だ」とか、「自爆攻撃は正当な抵抗運動だ」という批判の仕方の問題性も指摘します。日本の報道は、あまりに無自覚なまま「テロ」という煽動的な用語を使っていますが、それに毒されないように、一度この本を読むことをお勧めします。

    折しも日本ではまもなく、スピルバーグ監督の最新映画『ミュンヘン』が全国上映されるところです。前評判では良くも悪くも問題含みのこの映画で焦点が当てられているのも「テロ」です。冷静な目を持って観てみたいと思います。『ミュンヘン』感想

    『ミュンヘン』の原作
    『標的は11人-モサド暗殺チームの記録-』ジョージ・ジョナス著(新庄哲夫翻訳)

    映 画(DVD)紹 介

    『壁』シモーヌ・ビットン監督(英語版のみ:Simone Bitton, The Wall, 2004)

    世界の映画祭やパレスチナで話題となったこの映画が、米アマゾン(amazon.com)からDVDで購入できるようになりました。現在パレスチナに建設中の「分離壁」の本質に迫るものです。この映画の特徴は、「アラブ系ユダヤ人」(アラブ世界出身のユダヤ教徒)を自任する監督が、強くその二重のアイデンティティを意識しながら、ヘブライ語とアラビア語の両方を駆使して、分離壁に関係のあるユダヤ人やパレスチナ人双方に深く取材していることです。分離壁に関する報道も少しずつなされてはいますが、壁に接する入植地の人びとや壁建設現場の労働者(パレスチナ人の雇用者までいます)、通勤や通学のルートを分断されてしまった人びとに、ここまで迫れている作品は他には観られないと思います。

    いずれ日本語字幕で発売されるといいのですが、とりあえず英語版で購入しやすくなりましたのでお勧めします。(早尾)

  4. 編集後記

    パレスチナを移動する主な手段は、乗客が7人ほど乗れる乗り合いタクシーです。私が外国人であるため、質問するよりされる方が多くなってしまうのですが、車内の人たちと話が弾むこともあります。

    ベツレヘムからエルサレムに戻る途中の乗り合いタクシーには元気な女子学生が乗り合わせ、車内全体が笑いの絶えない和やかな雰囲気でした。

    イスラエル軍による路上の検問で混雑し、私たちの乗り合いタクシーも待たされました。その時女子学生が後ろを振り返り車が数珠つなぎになっているのを見て「結婚式みたい」と言うので、車内は爆笑。結婚式のとき新婦を迎え、新郎の家や結婚式会場に向かう際、先頭のお花やテープを飾った車の後を親族の車が続く様子を連想したのです。

    パレスチナの、状況を笑い飛ばす精神には、いつも驚かされます。困難な状況が続く中、家族を大切にし、日々を楽しみ、日常生活を続けて行く。友人たちは「それしか方法がないから」と言いますが、簡単なことではないでしょう。

    パレスチナもイスラエルも、まもなく選挙です。シンディアナのユダヤ人スタッフの子供が「高校の友達にシンディアナの活動のことを話すことはあるけれど、議論にはならない。」と言っていました。選挙を機会に、本当の平和、共存とは何なのか、議論になることを願っています。

    振り返って、平和で豊かな時代なのに自殺者が3万人を超す状況が続いている日本のことを考えさせられました。いまの日本社会の重苦しさはなんだろう。貧富の格差が広がり、時間に追われ、家族や友人とゆっくりした時間、暖かい時間を持つことが少ないのはなぜだろう。

    日本は、このまま「強者の論理」で、国内的には競争社会、不平等社会、相互扶助のない社会に進むのか。国際的には、武力で物事を解決することに参加して行くのか。私たちが本当にどのような社会、国家を目指すのか正念場の一年になりそうです。

    パレスチナ・オリーブの商品を販売する中で、買って下さっている皆様の平和への想い、活動をお聞きすることが多く、励みになっております。また、イスラエル、パレスチナで友人たちが頑張っているのだから、社会を変えて行くことをあきらめてはいけない、とも思います。

    ひとりひとりが大事にされる社会を目指しフェアトレードを続けますので、今年もよろしくお願いします。(文:皆川万葉、編集作業:ほんかわ、イラスト:あだち)

投稿日:2006年01月23日(月)
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