目次
在庫、新シーズンの商品入荷予定、価格改定
オリーブオイルの500ccは残りわずか、250ccもあと200本ほどになりました。賞味期限は2024年4月です。
新シーズンのオリーブオイルとザアタルの入荷は4月後半予定です。トルコの地震の影響で船の運航が予定より遅れました。
円安のため、大変心苦しいのですが、新シーズンのオリーブオイルは値上げさせていただきます。
250cc 1,500円(税込1,620円)
500cc 2,600円(税込2,808円)
BIOL金賞受賞
「ガリラヤのシンディアナ」(以下、シンディアナと省略)のバルネア種とコラティーナ種のオリーブオイルが、イタリアの国際有機オリーブオイルコンテストでそれぞれ金賞を受賞しました。4月に入荷するのはこのオリーブオイルのブレンドです。
シンディアナのロハ地域のオーガニック・プロジェクト林で採れたオリーブオイル。今年は特に、しっかりとした強めの味わいになっています。お楽しみに!
●品種の特徴
「バルネア」緑の草の香り、程よい苦味と辛味。気候の影響を受けやすく地域差も大きい。
「コラティーナ」完熟バナナの風味と口に残る辛味。
<オーガニック表記について>
入荷するオリーブオイルはイスラエルやアメリカ、ヨーロッパの有機認証を受けていますが、日本でラベルに有機表示するための認証は取っていません。
(日本で「有機」の表現をしたり、ラベルにマークをつけるには、別の手続き、費用などコストがさらにかかるからです。)
日本では有機とは書けませんが、基準をしっかり満たし定期的な監査も受けております。
2月にパレスチナの生産者さんを訪問しました! コロナ前までは毎年生産者さんを訪問していたので、3年以上も行けなかったのは初めてのことです。再会がとても嬉しく、充実した訪問になりました。
コロナ禍の影響を受け、シンディアナ、ナーブルス石けん工場、イドナ村女性組合の3団体とも「2020年の売り上げは最悪。2021年、2022年と少しずつ良くなってきたけれど、以前の売上までは戻っていない」ということでした。それでも、どの団体も工夫して働く人を減らさずに乗り切りました。コロナ後も同じ人たちに再会できた嬉しさをいっそう感じました。
コロナ後はイスラエルもパレスチナ自治区も物価が上がりました。さらに円安で、イスラエルの物価は日本の1.5倍くらい、パレスチナ自治区でも日本以上の価格でした(例えばガソリン1リットルが約220円。野菜など食料品だけが日本より安かったです)。
コロナ禍で海外からの目も届きにくい間もイスラエルの占領は着々と進んでいました。入植地はますます増え、ヨルダン川西岸地区がどんどんイスラエルと一体化していっています。
シンディアナの運営スタッフ、作業チームの皆さんと生産工程の確認をしたり、アドバイザーであるオリーブオイルの専門家からセミナーを受けたり、オリーブ林や圧搾工場を見学したり、新しい契約農業組合との打ち合わせに参加したり、労働組合のマアンの事務所を訪問したり、ワークショップに参加したり、、、もりだくさんの訪問でした。
シンディアナの事務所・加工場、ビジターセンターで働いているのは約15人。2人を除いて女性です(契約農家さんやアドバイザーの人数は除いています)。運営スタッフにはアラブ・パレスチナ人もユダヤ系イスラエル人もいます。
加工場
オンライン等で打ち合わせしていた、生産工程やフロアの改良を実際に確認できました。
オリーブオイルのボトル詰めなど工場で作業をしているのは、50歳前後のアラブ・パレスチナの女性たちです。10年前後働いている、いつものみんなに再会できて嬉しかったです。
新しいスタッフもいました。3ヶ月前から働く倉庫管理責任者のファウジさん。採用後に、なんと、ファウジさんのお母さんがシンディアナの前身の母親学校に参加していたことがわかったそうです。
(1990年代半ば、母親学校など女性や子どもたちへの活動を行っていたメンバーが、「仕事づくりも必要だ」と考え、シンディアナを作りました。)
ビジターセンター
シンディアナの加工場・事務所の上階にあるビジターセンター。ここではシンディアナの製品が買えるだけでなく、訪問客がシンディアナの活動を学んだり、アラブ料理を食べたりするプログラムがあります。また、ガリラヤのアラブ・パレスチナ女性のエンパワメントのためのカゴ編みコースや語学コースも開いていました。
コロナ禍の2年間は全く訪問客がいなかったのですが、去年の後半から急増しました。訪問客の約15%はユダヤ系もアラブ・パレスチナ人も含めてイスラエル国内から。海外はアメリカ、ヨーロッパからがほとんどです。
コロナ禍にお休みしていたエンパワメントコースの方は、ユダヤ女性、アラブ・パレスチナ女性共同のクッキング・ワークショップを新たに始めました。これまで3回開いて、約100人が参加。「アラブ・パレスチナの村にこんなにユダヤ人が来るとは驚いた」とスタッフは言っていました。
ガリラヤ地方のオリーブ林の現状
シンディアナの農家メンバー、デイル・ハンナ村のアベッドさんのオリーブ林で水パイプやポンプを敷設するなど、灌漑を始める準備中でした。
この灌漑工事は、シンディアナのアドバイザーでオリーブオイルの味の専門家のソリアーノさんが、オリーブ林を守るため、EUに申請して資金を得たプロジェクトの一環です。
近年、ガリラヤ地方全体でオリーブ林が減少しています。オリーブ栽培は利益にならないからと、オリーブ林を宅地に変える人が増えてきているのです。
イスラエル内でもヨルダン川西岸地区でも、パレスチナ人のオリーブ林のほとんどは灌漑されていません。灌漑していないオリーブの木の収穫量は、灌漑した木の5分の1にしかならず、オリーブ林から利益を出していくには灌漑するのが一つの方法です。
しかし、水利施設の開発はイスラエル政府が厳しく規制し、イスラエルの水公社メコロットが独占しています。畑に湧き水があっても、その水をパイプで引くことはできません。
アベッドさんのオリーブ林は、一画にメコロットの施設がつくられているため、その補償として施設から林に灌漑のパイプを引くことが認められました。もともと村の水なのにイスラエルの許可を得て水を買うのも理不尽なことです。
*イスラエル政府がアラブ・パレスチナ人の宅地の場所を制限しているため、人口増加に対して住宅は足りていません。
ソリアーノさんはユダヤ系イスラエル人男性ですが、シンディアナの加工場に熱心に通い、シンディアナの行事にも参加しています。
シンディアナの契約農家グループに、コフル・カドゥーム村の協同組合が新たに加わりました。ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)にある村です。ナバーリ種のオリーブを栽培し、オーガニック認証を受けています。灌漑はしていません。
シンディアナと協同組合の打ち合わせに参加しました。
***協同組合のメンバーの話***
農作物の栽培において、みんなで一緒にトレーニングを受けたりして、学び実践することで、ともに高め合っていけると考えました。オーガニックなど新しい方法を取り入れ、土地から十分な利益が上がることを示さないと、人々は土地を放棄してしまう。パレスチナでは、土地にとどまるのが抵抗、という考えもあり、土地は大切なものです。
まずは世界の市場調査、ヨーロッパで求められている品質などをチェックし、フェアトレードの考えや方法についても学びました。
私たちはオリーブオイルの質と量を高めることを目指してきました。現在、品質は向上したのですが、栽培・販売の量を増やすところが課題です。現状ではオーガニック栽培にコストがかかるわりには高く売れず、量を増やせていません。
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入植地問題
コフル・カドゥーム村の近くには、この村の土地を奪って作られたケドミーム入植地があります。その入植者が村の道路を封鎖したりする嫌がらせが毎日起きています。
*入植地:東エルサレム、ヨルダン川西岸地区(被占領地/パレスチナ自治区)につくられたユダヤ人のための居住区。住宅地だけでなく農地や工場地帯もある。国際法上、違法。ユダヤ人入植者は約70万人。入植地も入植者も増加し続けている。
入植者用につくられた道路の55号線は、村のオリーブ林を分断しています。パレスチナ人も使う道路なので、通行している車はイスラエル人の車とパレスチナの車が半々。道路の両側がずっとフェンスで囲われているので、オリーブ林を行き来することができません。
協同組合のメンバーは「入植地からの下水によってパレスチナの農地が汚染されている」「入植地に近い農地に行くには、DCO(占領当局)の許可が必要。入植者の襲撃が怖くて農地に行けず、農地が放置されてダメになってしまう」と話していました。
この村では、毎週、占領・入植地に対する抗議行動を行なっていますが、毎週のように負傷者が出ています。私が訪問した翌日も、村のパレスチナ人2人と支援の外国人1人がイスラエル軍によって負傷しました。
訪問した時、入植者が55号線沿いのパレスチナの村のお店で買い物する様子を見かけました。珍しいことではないそうです。お金を落とすのは落とさないよりはいいことなのか、占領していながら図々しいとも思い、複雑な気持ちになりました。
シンディアナは、イスラエル、エルサレム、ヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植地で働くパレスチナ労働者を支援している労働組合のマアンと連携して活動しています。マアンは、労働条件・環境の改善ための労使交渉や、労働条件の整った仕事の紹介、社会保障の手続きの支援などを行なっています。
東エルサレムの状況
マアンの東エルサレム事務所で、パレスチナ人スタッフのリマさんに話を伺いました。この事務所では主に、東エルサレムのパレスチナ女性の失業問題に取り組んでいます。
*1948年以来エルサレムはユダヤ側の西エルサレムとパレスチナ側の東エルサレムに分断されていたが、1967年にイスラエルは東エルサレムを占領し、併合を宣言(国際法違反)。
リマさんは28歳の弁護士の女性。コロナ禍で、失業手当や休業補償の申請など大変な時にボランティアでマアンの活動に初めて参加しました。1年前から正式なスタッフとして働いています。半分が法律家としての仕事、半分がソーシャル・ワーカーとしての仕事です。「数人を助けるだけではなく、変革に貢献したい」と話していました。
リマさんは東エルサレム出身で、ヨルダン川西岸地区の大学を卒業しました。しかし、エルサレムはイスラエルに併合されているので、パレスチナの法律を学んでも弁護士として働くことはできません。ヘブライ語(イスラエルの公用語)でイスラエルの法律を学び直し、弁護士資格を取り直しました。
さらに、イスラエルの占領・政策により、難しい家族環境、居住環境に置かれています。お父さんがエルサレム出身ですがリマさんが幼いときに亡くなりました。そのときお母さんは弟さんを妊娠中でした。
父:エルサレム出身 エルサレムID
母:ヨルダン川西岸地区出身 パレスチナID
リマさんと妹:エルサレムID
弟:エルサレムIDもパレスチナIDもなし
お母さんはエルサレムIDも「居住権」なく、エルサレムに住む「許可」だけがあります。このため拡大エルサレムの内側、分離壁の外側という複雑な場所に住むしかなく、リマさんは毎日検問所を通ってエルサレムに通勤しています。
*イスラエル内に住むアラブ・パレスチナ人、エルサレムに住むパレスチナ人、ヨルダン川西岸地区に住むパレスチナ人は別々のIDを持ちます。IDカードは常に持ち歩かなくてはいけません。パレスチナIDの人は特別な許可がない限りエルサレムに行くことはできません。
居住権問題
イスラエル政府は、東エルサレムに住むパレスチナ人を追放しようとあれこれ進めています。その一つが「居住権」問題です。
エルサレムにずっと住み続けていないと「居住権」が取り上げられてしまうのですが、実際に住んでいても「しばらく病院に行かず健康保険を使っていないなかったら、住んでいないと決めつけられて、社会保障が止められてしまった」「いま妊娠中で出産には出産給付金が必要なのに、まず居住権の確認をする、と言われた。居住権の確認には監察官が家まで来て調べるので順番待ちで数ヶ月かかる。出産までに間に合わない。全額負担では出産できない」というような事例を聞きました。
石けん工場では、運営・事務、職人さんたち合わせて約15人が働いています。今回は、代表のマジュタバさんの息子、アドナーンさんに工場内を案内してもらいました。
私がアドナーンさんに初めて会った時にはまだ幼稚園生だったので「大きくなったわねえ、もう大学を卒業して石けん工場で働いて、結婚して子どもも生まれたなんて、、、」と、親戚のおばちゃん気分になりました。
結婚式には、夫婦の名前入りの石けんをつくりパレスチナの伝統的な陶器に乗せてセットにして、引き出物にしたそうです。
新ブランド
工場を案内してもらってすぐ、私はこれから売り出す、新ブランド<OLIVE PLUS100>のシリーズの前で立ち止まって質問攻めにしてしまいました。
パレスチナの美容院で販売する用に、従来のオリーブ石けんと違うオリーブ石けんのシリーズを開発したのです。オリーブ石けんにハーブ類を加える、という基本は同じですが、2種類ずつのハーブを加えていて、ハーブの組み合わせは、効果を考えて決めたそうです。オリーブオイルも材料もオーガニック。ほんのりとした上品な香りがしますが、材料本来の香りだけです。
石けんは、もはや、汚れを落とすものというだけでなく、美肌に向けた「美容」なのですね。
新シリーズは開発したばかりで、これから海外に紹介するところ。パレスチナ・オリーブで販売するかどうかはこれから検討します。日本に輸入するには石けんの種類ごとに許可申請が必要なので、それから輸入となると届くまで半年以上かかります。
現在のオリーブ石けんは約70カ国に販売しています。ナチュラル、オーガニックが好まれるためヨーロッパでの販売が多いそうです。
オーガニック・コスメ部門
アドナーンさんが責任者で、化粧品部門も新たに準備中です。コロナ禍直前に計画していたのですが、コロナ禍で新商品の販売どころではなくなり、2年以上計画を先延ばしにしていたのを再開したところでした。
若い女性2人がケミカル・エンジニアとして働いていました。製造が始まったら、インダストリアルエンジニアを増やすそうです。
GMP(good manufacture process)やエコサート(ヨーロッパのオーガニック認証団体)の認証を取る予定で、基準を満たすように工事を進めていました。
パレスチナ・オリーブでは化粧品を輸入する予定はありませんが、パレスチナで国際基準に適したオリーブ石けんや化粧品を製造していくことは、地域にとっても刺激になる大事なことだろうと感じました。
子どもの名前
パレスチナでは伝統的に、結婚後、長男は親との同居が多く、長男以外の実家を離れた子どもたち家族も頻繁に実家を訪問します。私がマジュタバさん宅を訪問している時、次女の夫婦も子どもを連れて遊びに来ていました。
家族揃ってニコニコした団らんのなか、私が何気なく、子どもの名前の由来を聞いたら、「(政治犯として)イスラエルで終身刑になっている夫のお兄さんと同じ名前にした」という返事。お兄さんは23歳で逮捕され、いま30歳だそうです。
イスラエル軍に殺されたり、収監されている家族の名前を子どもにつけるのは、パレスチナではよくあることです。日常生活の中に、占領が垣間見える、ハッとさせられたできごとでした。
ナーブルスの状況
ナーブルスの町の中心部は、商業地区が拡大して、お店が増えていると感じました。中心部には高層の商業ビルやショッピングモールが立ち並んでいます。中古車がほとんどですが車も増え、街中に駐車場もできていました。それでも「経済はどう?」と聞くと「コロナ禍が明けても占領が厳しくて」という返事です。
昨年の10~11月、ナーブルスは約40日間軍事封鎖され、ナーブルスの外にほとんど出られない状況でした。石けん工場の人たちも、ナーブルス郊外の石けん工場に通えない日が続きました。その後も、ナーブルス周辺の検問所は頻繁に封鎖されていました。
2月22日午前、「武装勢力」の「掃討作戦」(つまり殺害)を名目に、ナーブルスの街中にイスラエル軍が侵攻、11人が殺され数百人が負傷者しました。銃撃の犠牲者と、催涙ガスの犠牲者です。旧市街の細い通路に多くのお店が並び、お客さんで混雑している場所です。一般市民が多数死傷しました。
22日の朝、私はちょうどナーブルスを出てエルサレムに向かうところでした。旧市街から歩いて10分ぐらいの距離にある乗合タクシーの集合場所に行こうとしたら、タクシー運転手さんたちが「街中に軍がいる」と情報交換していました。私は乗り場の周囲では、変化は何も感じませんでした。銃撃後は人々がその地区に逃げ込み、病院も負傷者であふれかえったそうなので、銃撃が始まる直前だったのでしょう。
*乗合タクシー(セルビス):7人乗りのワゴン。ルート上でどこでも乗り降りできる。
通常ルートは街の中心部を通るのですが、その道は危険なので迂回。運転手さんは乗客みんなに説明して、山越えルートでナーブルスを離れました(ナーブルスの街は二つの山に挟まれています)。
エルサレムに着いてからナーブルスで多くの死傷者が出ていることを知り、すぐに連絡を取って、石けん工場の皆さん、ご家族の無事を確認しました。しかも、工場の皆さんは働いていると聞き、驚きました。
占領の中にも、いとなみがある。いとなみを続けるという意思がある、と感じました。
フワーラ村
ナーブルスの南に隣接するフワーラには、連日、ユダヤ人入植者がパレスチナ人の車や家屋を攻撃する、という酷い状況が続いていました。近くの入植地からわざわざパレスチナの村にやってきて攻撃するのです。2月25日、車に乗ってフワーラに侵入したユダヤ人入植者二人(イスラエル軍勤務の兄弟)がパレスチナ人に射殺されました。フワーラ周辺はイスラエル軍が侵攻・捜査、周囲の道路封鎖、商店街の閉鎖などを行いました。26日夜、(イスラエル軍に守られた)数百人の入植者がフワーラで、数十件の家屋、100台以上の車に放火し、パレスチナ人が1人死亡、約100人が負傷者しました。大きな炎があがる衝撃的な映像がニュースやSNSで流れ、EUの代表団も現地を視察し、イスラエルを非難しました。その後も入植者による襲撃は続き、イスラエルの大臣や国会議員まで「フワーラを消滅させろ」という発言をして世界中から非難を浴びています。
イスラエル軍は今年に入ってから、子どもや女性を含む89人のパレスチナ人を殺害しています(3月19日現在)。とくに、ヨルダン川西岸地区北部のジェニンの町とナーブルスの町・周囲が厳しい攻撃にあっています。
中心スタッフ3人のほか、約30人の女性たちが刺繍や縫製の仕事をしています。事務所は週3回開いていて、刺繍担当の女性たちは、事務所に材料の布や刺繍糸を取りに来て、自宅で刺繍をして事務所に持ってきます。その刺繍し終わった布を縫製担当者が仕上げていきます。
コロナ禍が始まった2020年、出荷ができずほとんど売り上げがなかったため、経費削減で村のはずれに事務所を移しました。固定電話の契約を止めてwifiだけにしましたが、wifiの電波も弱い。コンピューター仕事はスタッフの自宅で行うようになりました。そして結局、水も電気も止め、アイロンがけも家で行っています。また、村の中心部から事務所に行くにはタクシーに乗るしかありません。
やっと注文量が元に戻ってきて、事務所の手頃な移転先を探しているけれど、まだ見つかっていないという状況です。
追記(2023年6月):新しい事務所に移りました! 動画を送ってもらいましたが、広くて清潔、窓から光も入るし、風通しも良さそうでした。
私が訪問中、刺繍の仕事を始めて3ヶ月という27歳の女性が出来上がった刺繍を持ってきました。ところが、見本を見て同じものをいくつか作ってきたはずなのに、形や長さがバラバラ。代表のナイーメさんがピシッと指摘して、直しを求めていました。いつもニコニコのナイーメさんですが、こういうとこはキリッとしてメンバーをまとめ、品質を維持してきたのだと思いました。
事務所は窓から陽が入って明るさはありますが、電気がつかないし天気も良かったので、庭で打ち合わせをし、みんなでお昼ご飯を食べました。気持ちよかったです! スタッフのヌハさんがワラカ・アイナブを作ってきてくれました。ブドウの葉にお米と羊のひき肉を巻いて蒸す料理です。
スタッフと家族の状況、村の状況
中心スタッフの3人に「夫さんの仕事はどう?」と聞いたら、3人は顔を見合わせて「みんな夫が無職!」と大笑いしていました。
サーディーエさんの夫はもともと仕事がなく、自宅用の野菜の栽培など家のことをしていました。
ナイーメさんの夫は以前は、労働許可証を得てイスラエルに出稼ぎに行っていました。60歳近くなり体力的に出稼ぎはつらく、子どもたちは独立してるいるのでもうほぼ引退。
ヌハさんの夫はコロナ禍の影響を受けたそうです。コンピューターや車の中古部品を仕入れて売っていましたが、コロナ禍の経済停滞でそれまでの仕入れ価格より販売価格が下回るような状況で、やっていけなくなりました。5人の子どもがいて、一番下の子が4歳半。以前は卵売りをしていて、部品の販売に事業を変えた夫さん、きっとまた何か新しい仕事を始めるのでしょう。
イドナ村はイスラエルとの境界線(1949年停戦ライン)沿いにあり、イスラエルへの出稼ぎが多い地域です。仕事のないパレスチナでは、イスラエルでの出稼ぎは重要な収入の手段。でも現在イスラエルは外国人労働者を増やすことで一定の労働力は確保できています。パレスチナ人への労働許可証は、親族にイスラエルに反対する政治犯がいたら許可証を出さない、パレスチナ・イスラエルの状況によって、労働許可証全体の数を減らしたり増やしたりする、などパレスチナ支配のコントロールの手段にもなっています。
「ところで、イドナ村の女性たちはイスラエルに働きに行かないの?」と聞いたら「行かない」とのこと。(他地域では西岸地区からイスラエルの農地に働きに行く女性もいます)
新商品
IDホルダーの応用で、刺繍のメガネストラップの新商品の製作をお願いしたら、早速カラフルで可愛らしい見本を作ってくれました。近々、製品化の予定ですので、お楽しみに!
追記:メガネストラップ、2023年6月から販売中です。
2022年12月末に「歴史上最も右翼的な内閣」が発足、2023年1月上旬に司法改革(改悪)案が発表されました。
裁判官の選定に政府の意向を反映させる、最高裁の法律審査権を制限するなど、司法の独立を弱めるもので、民主主義の根幹にかかわるものです。
これに対し民主主義を破壊するものとして、毎週連続でイスラエル各地で大規模なデモが続いていました。法曹、軍・治安のエリート、予備役兵からも反対の声が上がりました。
極右の「クーデター」、社会の分断・対立、と「内戦」にすら言及する人が出てきています。
国防大臣も改悪案に反対を表明したため、3月26日にネタニヤフ首相が国防大臣を解任しました。これにより26日夜には最大規模の抗議行動が行われ、テルアビブで30万人、全国では60万人以上が抗議行動に参加しました(イスラエルの総人口は約930万人)。
27日は、イスラエル最大の労働組合や医師会、ハイテク業界からの呼びかけもあり、大規模なストライキが行われ、空港、銀行なども閉鎖、抗議行動が続いています。
これは極右政権に対する中道・左派・リベラル側からの抗議です。しかし、デモの場はイスラエルの国旗であふれています。「イスラエルは極右の人たちだけの国ではないと示したい」と言う声も聞きました。
でも、イスラエルの旗であふれかえったデモにアラブ・パレスチナ人が参加しやすいでしょうか? 実際、シンディアナのスタッフ含め、パレスチナ人との平等な共存を求めてきたユダヤ系イスラエル人からも、デモの居心地の悪さを聞きました。現状の司法制度のなかで既に差別を受けてきているパレスチナ人はなおさら複雑な気持ちを抱いています。
そもそもイスラエルって民主主義国家だった? 国内外のパレスチナ人に対する非民主主義な制度の話を抜きに、イスラエルの民主主義を語るの? ユダヤ人のためだけの民主主義って、それ民主主義? デモに参加している人たちが求めている民主主義ってどんな民主主義なんだろう?
それでも、今回の司法改悪案が通れば、パレスチナ人への弾圧、人権侵害もひどくなってしまうので、司法改悪案にはみんな反対しています。今後どうなるか注視が必要です。
「パレスチナのちいさないとなみ」高橋美香写真展&パレスチナ刺繍展示販売
日時:2023年5月2日(火)〜7日(日)11:00~19:00(最終日17:00)
会場:SARP 仙台アーティストランプレイス スペースB
(仙台市青葉区錦町1-12-7 門脇ビル1F)
*刺繍商品のほか、オリーブオイル、オリーブ石けんなども販売します。
★開催中イベント(会場同じ)
5月6日(土)14:00〜16:00 高橋美香スライドトーク
参加費:1,500円 パレスチナ風紅茶(マラミーヤ)、クッキー付き
定員:20名
主催・お申込先:パレスチナ・オリーブ
『パレスチナのちいさないとなみ』(かもがわ出版)を一緒につくった、写真家の高橋美香さんを仙台にお呼びして、写真展とトークを行います。貴重な機会です!
2月のパレスチナは前半はダウンコートを着る寒さでしたが、後半は穏やかな天候になりました。オリーブ林の下にはアネモネなどの赤や黄色の野の花が咲き乱れる、春の美しい季節です。すでにFacebookに写真つきでいくつか投稿していますが、通信に書ききれなかったエピソードもこれからFacebookの方に追加で投稿していきます(パレスチナ・オリーブのホームページからもリンクしています)。
「コロナ後」のパレスチナ。エルサレムは世界各地からの観光客でいっぱいでした。エルサレム旧市街の細い道は観光客でぎゅうぎゅう。ホテルも満室に近いところが多かったようです。お土産屋にはエコバッグが加わっていました(以前は見かけなかったと思います)。
パレスチナ国内もここ数年で、オーガニックなど食品・食事や健康に気をつける動きが少しずつ広がってきました。甘いシロップがたっぷりかかったパレスチナのお菓子さえ、甘さ控えめ、上品な味の甘菓子を作るお店がいくつも出てきて、実際に食べて驚きました(ヴァクラヴァなど。パイ生地にピスタチオ等が挟んであります)。
イスラエル領内になりますが、ハイファ近郊で、アラブ・パレスチナ人とユダヤ人のゲイカップルがやっている人気のカフェにも行きました。例外的な存在ですが、変化の芽ともいえるでしょうか。
シンディアナからお土産に、加工場の新ユニフォームをもらいました。表紙で着ているものでグレーのユニフォームにシンディアナのロゴが入っています(オリーブの木と女性の顔の組み合わせです)。いつでもみんなと一緒にいられる気がして、とても嬉しく思いました。
生産者団体の皆さんとは、会えない間も、メールやオンラインミーティングでやりとりしてきましたが、やはり直接行って見ることは、話を聞いただけと全然違うものだと改めて感じました。ますます追い詰められたパレスチナの状況の中でも、変革を目指し活動を続けている生産者団体の皆さんのエネルギーにも圧倒された訪問でした。